<Header>
<Author: 杜甫>
<Title: 兵車行>
<Format: 樂府詩>
<Year: 2000>
<BookName: 校注唐詩解釈辞典>
<Translator: 松浦友久>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 兵車行（へいしゃかう）>
<BookPage: 391-407>
<UsedPage: 17>
<Feature: 1, 2, 4>
<End Header>
<Poem>
車轔轔，
馬蕭蕭，
行人弓箭各在腰。
耶孃妻子走相送，
塵埃不見咸陽橋。
牽衣頓足闌道哭，
哭聲直上干雲霄。
道傍過者問行人，
行人但云點行頻。
或從十五北防河，
便至四十西營田。
去時里正與裹頭，
歸來頭白還戍邊。
邊亭流血成海水，
武皇開邊意未已。
君不聞漢家山東二百州，
千村萬落生荆杞。
縱有健婦把鋤犂，
禾生隴畝無東西。
況復秦兵耐苦戰，
被驅不異犬與雞。
長者雖有問，
役夫敢申恨。
且如今年冬，
未休關西卒。
縣官急索租，
租稅從何出？信知生男惡，
反是生女好。
生女猶是嫁比鄰，
生男埋沒隨百草。
君不見青海頭，
古來白骨無人收。
新鬼煩冤舊鬼哭，
天陰雨濕聲啾啾。
<End Poem>
<Translation>
戦車の車輪は激しくきしみ、軍馬は悲しげにいななく。行軍する兵士たちの弓矢はそれぞれの腰についている。両親や妻たちが走ってそれを見送る。$兵士たちの行進や見送りの騒ぎのため$一面に砂ぼこりが立ちこめて、むこうの咸陽の大橋も見えない。家族たちは(兵士を死地へ行かせまいと)兵士の着物を引っぱり、地団駄を踏み、道をさえぎって大声で泣く。泣き声はまっすぐにのぼって天空を突き刺す。
道ばたを通りかかった人が$いったいなぜこんなに騒ぐのかと$兵士に尋ねると、兵士は答えて言ったーーーこのところ召集がしきりにかかるのです。或る人は十五の若さで北の黄河の守りにやられ、 そのまま$軍隊生活を続けて$四十になると、こんどは西へ送られて屯田兵になったとのこと。出征の時は村長が年端のゆかぬ彼のために頭をつつんでくれたのでしたが、帰還した時はもう頭髪はまっ白、その身体でなおも国境の守りに駆り出されたのです。国境地区に流された血潮は海の水ほどにもなったというのに、皇帝陛下は辺境開拓を続けられ、その御意向はいっこうにやみそうもありません。あなたは聞き及んでおいででしょう、漢王朝の穀倉である山東の二百州、その多くの農村は荒れ果てて雑草が伸び放第、たとい$留守を守る$けなげな女房たちが すぎやくかを取って畑仕事に励んでも$力は及ばず$、穀物はふねやあぜにてんでに生えて、畑の手入れがゆきとどく筈もありません。$国庫を担う農村地帯でさえ徵兵はそれほど苛酷なのですから$ましてわれわれ秦兵どもが古来強壮で苦戦に耐えるとされるからには、その容赦なくこき使われることといったら、大やのような家畜も同然なのでございます。
あなた様は私にお尋ねですが、私は一介の兵卒、恨みごとを申すようなことはいたしますまい。$とは言え$さしあたり今年の冬にしても(こんな具合で$、われわれ秦兵をらっとも休ませて下さらない。$このように農作業ができない状態では$県のお役人がきびしく租税を取り立てても、その租税はいったいどこから出るというのでしょう。いや全く身にしみて わかりました、「男の子を生むのは悪く、かえって女の子を生むのが良い」という言葉は正しうございます。女の子を生めば、まだしも隣近所に嫁がせて時々会うことができるでしょう。しかし男の子を生んだら最後、戦場に屍を埋めて雑草の肥やしとなるのが関の山なのです。
御覧なさい、かの歴戦の地、青海のほとりを。古来の戦死者たちの白骨は、拾ってくれる人もないまま、死んだばかりの兵士のたましいは悶え嘆き、死んで久しい兵士のたましいは泣き叫び、空がどんよりと義ってなが雨が降りつづくような日には、亡者たちの悲しみにむせぶ声が、駄駄と聞こえて来るというではありませんか$我々が行こうとしているのもまさしくそういう場所、されば見送りの家族たらがこんなにまで奥き悲しむのも、まことにもっともなことなのでございます$。
<End Translation>
<Formatted Translation>
戦車の車輪は激しくきしみ、軍馬は悲しげにいななく。
行軍する兵士たちの弓矢はそれぞれの腰についている。
両親や妻たちが走ってそれを見送る。
$兵士たちの行進や見送りの騒ぎのため$一面に砂ぼこりが立ちこめて、むこうの咸陽の大橋も見えない。
家族たちは$兵士を死地へ行かせまいと$兵士の着物を引っぱり、地団駄を踏み、道をさえぎって大声で泣く。
泣き声はまっすぐにのぼって天空を突き刺す。
道ばたを通りかかった人が$いったいなぜこんなに騒ぐのかと$兵士に尋ねると、
兵士は答えて言ったーーーこのところ召集がしきりにかかるのです。
或る人は十五の若さで北の黄河の守りにやられ、 
そのまま$軍隊生活を続けて$四十になると、こんどは西へ送られて屯田兵になったとのこと。
出征の時は村長が年端のゆかぬ彼のために頭をつつんでくれたのでしたが、
帰還した時はもう頭髪はまっ白、その身体でなおも国境の守りに駆り出されたのです。
国境地区に流された血潮は海の水ほどにもなったというのに、
皇帝陛下は辺境開拓を続けられ、その御意向はいっこうにやみそうもありません。
あなたは聞き及んでおいででしょう、漢王朝の穀倉である山東の二百州、
その多くの農村は荒れ果てて雑草が伸び放第、
たとい$留守を守る$けなげな女房たちがすぎやくかを取って畑仕事に励んでも$力は及ばず$、
穀物はふねやあぜにてんでに生えて、畑の手入れがゆきとどく筈もありません。
$国庫を担う農村地帯でさえ徵兵はそれほど苛酷なのですから$ましてわれわれ秦兵どもが古来強壮で苦戦に耐えるとされるからには、
その容赦なくこき使われることといったら、大やのような家畜も同然なのでございます。
あなた様は私にお尋ねですが、
私は一介の兵卒、恨みごとを申すようなことはいたしますまい。$とは言え$さしあたり今年の冬にしても$こんな具合で$、われわれ秦兵をらっとも休ませて下さらない。
$このように農作業ができない状態では$県のお役人がきびしく租税を取り立てても、
その租税はいったいどこから出るというのでしょう。
いや全く身にしみてわかりました、「男の子を生むのは悪く、
かえって女の子を生むのが良い」という言葉は正しうございます。
女の子を生めば、まだしも隣近所に嫁がせて時々会うことができるでしょう。
しかし男の子を生んだら最後、戦場に屍を埋めて雑草の肥やしとなるのが関の山なのです。
御覧なさい、かの歴戦の地、青海のほとりを。
古来の戦死者たちの白骨は、拾ってくれる人もないまま、
死んだばかりの兵士のたましいは悶え嘆き、死んで久しい兵士のたましいは泣き叫び、
空がどんよりと義ってなが雨が降りつづくような日には、亡者たちの悲しみにむせぶ声が、駄駄と聞こえて来るというではありませんか$我々が行こうとしているのもまさしくそういう場所、されば見送りの家族たらがこんなにまで奥き悲しむのも、まことにもっともなことなのでございます$。
<End Formatted Translation>